雅な都から遠く離れた悲劇のヒロインを、心優しき里人達は手厚く持て成した。とりわけ、取り立てて美味しい食べ物が少なかった土地ゆえ、何か建礼門院の慰めになるようなものを、と献上したのが紫蘇の葉を使った漬物であった。今も夏になると大原の里は紫蘇の葉の紫色に染まる。茄子や胡瓜などを紫蘇の葉で漬け込んだ漬物は御所を思わせる紫色。たとえ隠棲したとしてもかつては栄華を誇った皇后の身。その誇りだけは失わせまいとす
一〇〇〇年の時を経て残る里人の思い... の続きを読む
京都独特の「揺り戻し」が起こり、ここ数年ほど前から確かに京都の公立高校がレベルアップし始め、今や京大はもちろん、国公立大学への高い進学率を誇る学校が続出してきたのだ。中高一貫、英才教育と大きく方針転換して高校教育の充実が図られるようになったことは、京都人にとってまことに喜ばしいことである。話を戻して、カリスマ的存在であった革新知事亡き後、ようやく知事の座を取り戻した保守側。その後も一貫して知事の座
財界筋の思惑で右に、左に... の続きを読む
ロイヤルノートンの20インチミニベロだ。ドロップハンドル仕様でなかなかスポーティな感じである。というわけで種明かしをすれば、今日はDさんのご案内で、東京都心をスローサイクリング。道案内は、先にほとんどおまかせというちょっと贅沢な1日なのである。白鳥は輪行がのろまだという定評があるのだが、今日はフォールディングだし昨晩練習したから電光石火だぞと思っていたにもかかわらず、やっぱり走り出したら暑くなりそ
世田谷や杉並よりも走りやすそう... の続きを読む
具体的には、どういうことを行なったのか。例えば、会議では、なるべく多くの人に発言の機会を与えた。その理由を、関係者は、私にこう語ってくださったことがある。「言葉というのは、自分の口から発せられると、もう一度自分に戻り、定着します。それで意識が高まっていくのですね」自由の森学園でも、生徒は先生のことを「先生」と呼ばなくてもいいようにした。好きな呼び方で呼ばせることで、先生と生徒の垣根を取り払っていた
自分の言葉で語ることの大切さ... の続きを読む
日光金谷ホテルの客室には「金谷ホテルのトリセツ」と題された案内書が置かれている。トリセツとは、言うまでもなく取扱説明書のこと。ホテルの歴史や名物料理の解説などが記されているのだが、その中に持ち帰り自由の小冊子が収められている。『旅行へのご案内』。ホテルの歴史をさらに詳しく紹介したものである。実は、今日まで一三八年の歴史があるこのホテルが、自らの歴史を見直し、積極的に表現し始めたのは、ここ七、八年の
老舗に新風を吹き込んだ経営者... の続きを読む
サービスというものは、そのときの利用者が何を望んでいるか、ホテル内がどのような状況にあるかによって、変化していくわけである。「だから、料理人もホールの雰囲気やお客様を知っておく必要があります」こう語るのは、一九六八年に入社した総料理長である。日光金谷ホテルでは、支障がないときは、若い料理人が予備知識を得た上で、サービスに携わることもあるという。総料理長自身も、なるべくホールに出ることを心がけている
料理に心を込めることがサービスだ... の続きを読む
昨年のお正月に娘夫婦と鳥取の城之崎温泉に行きました。娘夫婦から、旅行に招待されたのは始めてのことで、私と夫はとても嬉しかったのを、今でも覚えています。冬の鳥取はとてもとても寒く、山陰地方の寒さは、東北の方と同じぐらいではないかと思うくらいでした。かにがおいしいところですので、大晦日はかにを堪能しました。温泉には、夫は娘婿と一緒に入ったのですが、普段あまり会話をすることがなかったので、少しどぎまぎし
お正月に娘夫婦と家族旅行... の続きを読む
普段から利用しているターミナル駅の前にあるホテルに泊まろうと家族旅行を計画しました。ビジネスホテルなので安く泊まれるし、夜遅くまで駅前の散策をしようというものでした。その駅は今年リニューアルオープンして大きな駅ビルが完成しました。その駅ビルの屋上に一回行ってみたかったのです。屋上からは遠くまで見渡せて、空港を発着する飛行機も見えました。夕焼けのころから日が沈むまで屋上にいたので、夜景もとてもきれい
家族旅行で夜の街を散策... の続きを読む
父の定年のお祝いとして、両親に、姉と私から旅行をプレゼントしました。定年のお祝いなので、かなり奮発しました。豪華寝台特急で行く北海道ツアーです。母が以前から寝台特急で旅行がしてみたいと言っていたので、父より母の方がかなり喜んでいました。私も姉もこの旅行を計画するまで知らなかったのですが、これほどまでの寝台特急の人気のすごさ。出発まで余裕をもって旅行の日程を計画してので、希望の日程のツアーをすんなり
寝台特急で行く北海道ツアー... の続きを読む